東京地方裁判所 昭和44年(ワ)3069号 判決 1970年3月27日
原告
河村雅永
被告
東京燃料林産株式会社
主文
被告は原告に対し金五一一、一三六円および内金四六五、一三六円に対する昭和四一年四月九日以降、内金四六、〇〇〇円に対する昭和四四年四月一二日以降各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告の被告に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一、請求の趣旨
一、被告は原告に対し二四九万および内金二〇〇万円に対する昭和四一年四月九日から内二七三、〇〇〇円に対する昭和四四年四月一二日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二、請求の趣旨に対する答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三、請求の原因
一、昭和四一年四月八日午前一一時四五分頃、東京都豊島区西巣鴨二丁目二八七五番地(国電山手線と補助一七四号線とが交差した陸橋の池袋側降り口附近)交差点附近において当時七歳の原告が同交差点を横断しようとしていたとき、被告保有の貨物自動車(品四は七六二一以下被告車という)を訴外岩崎雄三が運転して西巣鴨方面から同所にさしかかり、その際同人の徐行義務違反の走行により、原告は同車にはねとばされて転倒し頭部を路面に強打した結果、脳震盪症及び左側頭部血腫の傷害を受けたほか、脳波検査の結果によると癲癇状特有の棘強波が生じてつきまとい、いつ発作が起るかわからないという脳波異状の傷害を受けたものである。
二、右傷害の結果原告は、昭和四一年四月八日から同年四月二一日まで医療法人社団仁済会豊島中央病院に入院治療し、ついで同日から現在まで慶応義塾大学病院へ月一、二回の割合で通院して診察治療を受けているが、将来右異常脳波が全治するか否かの見込みは全く立たない状態であり、少くとも向後数年間の通院治療が必要であると考えられる。
三、しかして、原告は右傷害により次の損害を受けた。
(一) 昭和四四年二月末日現在までの治療関係費
合計金七三、〇六〇円
内訳
1 入院期間看護料 金二万二、五〇〇円
一日一、五〇〇円×一五日間
2 慶応義塾病院通院費金二万七、〇八〇円
タクシーで三六回×六八〇円
電車で 一三回×二〇〇円
3 治療費 金二万三、四八〇円
昭和四四年二月五日から同月二六日まで分
(二) 向後二年間の治療費等見込額金一〇万円也
(三) 慰藉料金二〇〇万円
前記各場合により原告は、一五日間の入院治療をしたほか脳波異常によりいつ癲癇病症の発作が起き性癖化するか又それが後遺症化するかわからないという強い不安におびえて毎日を送つている状態である。そのため事故後三年間近くも学童相応の運動も制限され、時折異常な頭痛にも悩まされている状態でそれらによる精神的苦痛を仮に金銭に見積るとしたら金二〇〇万円を下るものではない。
(四) なお原告は本件を弁護士坂本建之助外二名に訴訟委任するにつき着手金として金一〇万円を支払いかつ報酬として請求認容額の一割を支払うことを約したのでそれによる損害金は金三一万七、〇〇〇円である。
四、よつて、原告は本件加害自動車保有者である被告に対して第三項の損害金合計額のうち一、〇〇〇円未満の端数を切捨てた金二四九万円及びこれに対するうち慰藉料金二〇〇万円については本件事故の翌日である昭和四一年四月九日から完済まで、うち二七三、〇〇〇円に対しては本訴状送達の日の翌日である昭和四四年四月一二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。
第四、被告の事実主張
一、請求の原因に対する答弁
(一) 請求原因第一項中一行目から「………池袋側降り口附近)」までの事実、「被告保有の貨物自動車………」から「………にさしかかり」までの事実及び原告が同車にぶつかつてきて、その軽い反動で尻餅をつき、そして後へ倒れたことは認めるがその余の事実は争う。
(二) 請求原因第二項中、仁済会豊島中央病院に入院治療したことは認めるがその余の事実は不知。
(三) 請求原因第三項は否認する。
二、被告の主張
訴外岩崎雄三が被告車を運転して事故現場附近に接近した際、前方に細かい交差道路を認めたので、特にこれが速度を落とし徐行運転をしていたところ、偶々進行方向左側に停車中の自動車の陰より(勿論横断すべき場所ではない)原告が突如飛び出したので、右訴外人は、直ちに急ブレーキを踏み急停車をしたが被告車が停車すると同時に原告が被告車にぶつかつてきて、その軽い反動で尻餅をつき、そして後へ倒れたもので、本件事故は右の通り完く原告の過失により惹起されたものである。
尚、右訴外人は自動車の運行に関し注意を怠らなかつたし、被告車に構造上の欠陥又は機能の障害が無かつたのであるから、被告に原告の損害を賠償する義務がない。
第五、証拠関係〔略〕
理由
一、請求原因第一項のうち原告主張の日時場所において被告保有の被告車を訴外岩崎雄三が運転し、西巣鴨方面から同所にさしかかり、原告と衝突したことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により脳震盪症、左側頭部血腫の傷害を受け、受傷時脳圧亢進があり、昭和四一年四月八日より同月二二日まで医療法人社団仁済会豊島病院に入院(入院の事実は争いがない)が認められる。
二、被告の免責の抗弁につき判断する。
〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。
(1) 本件道路は西巣鴨三丁目方面から日の出町方面にいたるアスファルト舗装された道路で、本件事故現場付近は山手線の上を立体交差するための陸橋で勾配のゆるい下り坂となつている。右下り坂となつている部分の道路幅員は約八米で、その坂の下の左右に各六米の幅の道路があり日の出町の方に向つて左側の坂の下の道路に大型トラックが駐車していた。坂を下りきつた所付近で幅員二・五米の小路と交差しているが、右交差点には信号機、横断歩道の設置はない。事故地点より四~五〇米先に信号機の設置のある交差点がある。
(2) 訴外岩崎は被告車を運転し、時速約三〇粁で本件道路を日の出町方面に向つて坂を下りて来たところ、進行左側の駐車中の大型トラックの陰から被告車の進路へ走り出して来た原告を約六米斜前方に発見したのでブレーキをふんだが及ばず発見地点より約七米進んだところで停車する直前に被告車の左ライト附近原告に衝突させ、原告を路上に転倒させた。
(3) 原告は当時七歳であつたが、原告の住居が事故現場より約一〇〇米位離れていたので、事故現場附近の陸橋の両脇で遊んでいることがあつた。事故当日事故現場附近で遊んでいるうちに道路の左右の安全を確認することなく駐車中のトラックの陰から走り出し、被告車に衝突された。
右認定事実によつて考えると訴外岩崎にはゆるい勾配の坂を下り、交差点の近くに駐車中の大型トラックの脇を通るに際し、歩行者又は子供が走りでてくることが予見されるのであるから、さらに減速して進行すべき注意義務があるというべきであるのに、これを怠つた過失が認められる。従つて、被告の免責の抗弁は採用し難い。一方右事実によれば原告には左右の安全を確認せず、トラックの蔭から走り出し道路を横断した過失が認められる。そして両者の過失割当は原告六〇%、訴外岩崎四〇%を相当と認める。
三(一) 〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。
(1) 原告が前認定の社団仁済会豊島病院に入院した一五日間附添看護が必要であり、母の河村洋子が附添看護をしたこと。
(2) 右病院退院後昭和四一年四月二二日より慶応義塾大学病院に通院し、頭部外傷により脳波検査の結果、脳波異常(棘波及び棘徐波)が認められ、頭痛を訴えることがあり、昭和四四年二月二六日までの間四九回にわたり同病院に通院し、抗けいれん剤の投与を続けて受けて、年二回位脳波の検査を受けていること、事故後三年にわたり抗けいれん剤の投与をうけているため癲癇の発作は一度もあらわれていないので、癲癇になる可能性は低いが、今後最低数年間は内服薬を服用し続け、年二回位脳波の検査を続ける必要があること。
(3) 昭和四四年二月五日より同年四月一五日までの同病院治療費は二〇、七六〇円となつたこと(〔証拠略〕)。
(4) 通院交通費として右四九回のうち三六回程度はタクシーを用い往復六八〇円を支払い、あと一三回程度は電車で通院し往復二〇〇円を支払い、合計二七、〇八〇円を支払つたこと。
(5) 昭和四一年四月二二日より昭和四四年二月二六日までの約三年間に内服薬代七九、九八〇円、脳波検査(七回)六七、二〇〇円その他の再診料等を含め一六五、四二〇円を要したことが認められ、この事実からみれば今後の治療費は少く見積つても一年五万円は要するものと推認され、今後数年間の治療費は中間利息を控除しても原告の請求する一〇万円を下らないものと認められる。
(二) 原告の損害は、(1)については一日一、〇〇〇円を相当と認められるので一五、〇〇〇円となり、これと(3)、(4)、(5)を合わせれば一六二、八四〇円となるところ、原告の前認定の過失を斟酌すれば六五、一三六円となる。
(三) 原告の前認定の受傷の程度、入通院の期間、今後数年も抗けいれん剤の服用を要すること及び原告の前認定の過失を考慮し原告の受くべき慰藉料は四〇万円をもつて相当と認める。
(四) 原告の全損害は四六五、一三六円となるところ、本訴提起に際し、原告ら訴訟代理人に支払い、かつ今後支払われる弁護士費用のうち被告に賠償させるのは四六、〇〇〇円をもつて相当と認める。
四、よつて、本訴請求のうち五一一、一三六円および内金四六五、一三六円に対する事故の日の翌日である昭和四一年四月九日から、内金四六、〇〇〇円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四四年四月一二日以降支払済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余の失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒井真治)